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大阪地方裁判所 昭和32年(レ)157号 判決

控訴人 横田一

被控訴人 前田春子 外四名

主文

原判決を取消す。

控訴人と被控訴人等との間の大阪簡易裁判所昭和二六年(ユ)第三七六号家屋明渡等調停事件の調停調書並びに昭和二九年一二月一〇日付更正決定につき右裁判所が昭和二八年六月三〇日付与した執行力ある正本に基く強制執行は右調停調書中別紙調停条項第四項(家屋明渡条項)部分に限りこれを許さず。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三二年七月三日なした強制執行停止決定は右調停調書中第一項掲記部分に限りこれを認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め

請求原因として、昭和二六年一〇月三一日控訴人と被控訴人等の間に別紙調停条項よりなる調停が成立し主文第一項掲記の調書が作成され、後同じく主文同項掲記の更正決定により更正された。控訴人は右調停条項第四項において、控訴人が同第二項において被控訴人等に対し不可分的に負担する分割代金債務(イ)、(ロ)(以下単に「第二の(イ)」又は「第二の(ロ)」の債務と略称することあり)につき両者を通じてその支払を三回以上怠つたときは同第一項記載の各家屋を直ちに被控訴人等に対し明渡す債務を負担した。そして被控訴人等は前同二八年六月三〇日右第二の(ロ)債務の内同二八年三、四、五月分につき右明渡の条件が成就したから右第四項債務名義の趣旨において条件とされる事実が到来したとして前同調書に執行文の付与を受け執行に着手しようとした。ところが控訴人には右支払を怠つたことがないから右停止条件は未成就である。蓋し、控訴人は前同調書においてその負担する同第二項の分割代金債務につきその各履行期に自己の負担する債務の弁済として債権者である被控訴人前田春子方に右各債務額の金員を持参提供しその受領を受けた、尚右(ロ)の内昭和二八年六月分については同月末に右同人方に持参提供したが同人は調停条項第四項により右債務の原因たる同第一項売買契約が既に当然解除されたと称して受領を拒否したので同七月一日弁済のため大阪法務局に供託したものでまたその後も受領遅滞状況が続いているので控訴人に何等債務不履行はないからである。従つて右第四項明渡義務の発生、ひいては同義務の強制執行のための条件が成就したとして執行文を付与することは許されないから本訴に及んだ次第である。

と述べ、被控訴人等の抗弁に対し

控訴人が調停調書第七項で本件家屋の公祖公課敷地賃料保険料について被控訴人等と契約したことは認めるが主張の趣旨であることは否認する。即ちこれらの債務を控訴人において負担する旨を合意したに過ぎず、金額も支払期も確定していないから主張のような支払義務は後日右当事者間で協定すれば格別右調停より当然に発生しているものではない。

仮に然らずとするも、各金額を争う。即ち(1) の公祖公課については月額金一〇九円の限度で認める。(2) の保険料については被控訴人等が支払つた場合に負担することになつていたもので昭和二六年九月以降同二八年二月分までその支払の証明をなさないので控訴人に支払義務がない。仮に然らずとするも金二一二円の限度で認める、即ち控訴人は本件家屋を金八万円で買う契約をしたのであるからこれを保険金額の基準とすべきでそうすると半額返金規定により月負担額は右のとおりになる。(3) の賃料についても前(2) についてその冒頭にのべたことと同様の理由で支払義務がなく、仮に然らずとするも敷地の坪数は三六坪五合で統制賃料月金一〇九円の限度で認める。

とのべ、再抗弁として

控訴人が被控訴人等主張の如き内容の調停条項第七項に基く各債務を負担していたとするも前記調停条項第二の(ロ)の債務の履行期である昭和二八年三、四、五月各末日に被控訴人前田春子に各金二〇〇〇円を提供するについて同人との間に内金一五〇〇円は右各月分の前記調停条項第二の(ロ)の債務に充当する旨の合意がなされ、仮に然らずとするも控訴人はその際同趣旨の指定を前同被控訴人に対しなしているから、右提供は前記調停条項第二の(ロ)の右各月分債務に対する本旨に従つた提供となり同被控訴人においてこれを受領したのであるから右三、四、五月分について控訴人に何等債務不履行はない。

仮に右が認められないとしても法定充当によることになるところ被控訴人主張の調停条項第七の(1) 乃至(3) 各債務は前述のとおり弁済期になく、前記第二の(ロ)の方が弁済期にあるから、又然らずしてともに弁済期にありとするも同債務の支払を三回以上怠つた場合は条項第四項にあるとおり同第一項売買契約が当然解除になることになつているに比し右(1) 乃至(3) の債務にはかかる不利益な点なく前者の方がその弁済の利益が多いから、結局前記控訴人の各金二〇〇〇円の提供は右いづれの月においてもその各内金一五〇〇円を右条項第二の(ロ)の債務に充当せねばならないことになり前同様の結果となる。

とのべ、被控訴人等の右に対する陳述及び仮定再々抗弁に対し

被控訴人主張の再々抗弁を否認する。控訴人において第二の(ロ)の債務を遅滞すれば調停条項第四項において同第一項の本件売買契約が当然解除になる可能性が大きくなるのであるからかかる結果を生ずるが如き債権者指定や充当の合意を容認する筈がない。

とのべ、重ねて右に対する抗弁として

仮に右被控訴人前田春子による主張の如き充当指定が認められるとするも、第七の(1) 及び(3) の各債務は弁済期未到来であるからかかる債務につき充当指定しても無効であり、又被控訴人等において調停条項第四項による本件家屋明渡義務の停止条件を成就させようと謀つて以前から控訴人が額不明の故に概算額として毎月第七の(1) 乃至(3) 債務に対するものとして支払つて来た金五〇〇円につき、不足ならば金額を明示してもらえばいつでも不足分を支払う旨催促しているのを不誠実にも無視して何等右債務の額を明示せず一年余をすぎて一方的に根拠のない金額をおしつけこれにしかも三ケ月連続して充当指定したもので、これは充当指定権の濫用であつて無効である。又然らずとするもその際控訴人において直ちに右指定に対し異議をのべたからその効力を発生しない。

とのべ

証拠として甲第一号証、同第二号証の一乃至二一及び同三乃至七号証を提出し、原審及び当審における証人相沢輝雄、当審における証人増田茂一、同吉田慶作の各証言、同控訴本人の尋問結果並びに原審裁判長の調査嘱託に対する昭和三〇年三月一七日付巽税第六二号巽町長、同年五月七日付生税出第二号、同三一年七月一八日付生税出第一一九号、同年一〇月付生税出第一八五号、同三二年一月二一日付生税出第八号、各生野区長の、及び当審裁判長の調査嘱託に対する前同三四年五月七日付日動火災海上保険株式会社大阪支店の、各回答結果を夫々援用し、乙第二、第七、第九号証及び同第一〇号証の一乃至八は不知、その余の乙号各証の成立は認める。とのべた。

被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として控訴人主張の(以下単に「主張の」と略す)日時に被控訴人等と控訴人との間に主張条項よりなる調停が成立し、該調書が作成され後更正決定により更正されたこと、同調停において控訴人が被控訴人等に同条項第二、四項記載の各債務を負担し、後者については主張の停止条件付債務であつたこと。被控訴人等が主張日時に主張理由により執行文の付与を受けたこと。右調停条項第二の(イ)債務及び同(ロ)の内昭和二八年二月分までについては控訴人に債務不履行のないこと。及び同年三、四、五月の各月末に控訴人より少くとも各金一五〇〇円の交付を受けたこと。は各認めるがその余は否認する。即ち、控訴人の被控訴人等に対する右各債務は確定期限付分割金銭支払債務であつて、右家屋明渡債務は右金銭債務の履行遅滞が三回以上発生することを停止条件とするものであるから被控訴人等は右確定期到来と共に履行遅滞を主張しうるから昭和二八年三、四、五月末日の到来により右停止条件成就を主張して右債務名義に執行文の付与を受け、又付与をすることに何等違法はない。

とのべ、抗弁として

控訴人は前記調停条項第七項において同第二項の(イ)(ロ)の債務以外に昭和二六年九月一日以降同第三項により本件家屋の所有権が控訴人に移転するまでの間毎月末に、右家屋につき(1) 公祖公課(固定資産税)として月額、昭和二六年度は金二三一円、同二七年度は金二七一円六〇銭、同二八年度は金三一四円、(2) 火災保険料月額、金五四〇円(保険金額一〇万円として)、(3) 敷地の賃料月額金四〇五円の各支払義務(以下第七の(1) 乃至(3) 或いは第七の(1) 債務等と略称する)を負担しているに拘らず、同二六年九月一日以降同二八年二月末日まで右(1) 乃至(3) の合計額として毎月わづか金五〇〇円しか支払わなかつたので被控訴人前田春子においてやむなくこれを右保険料に充当して来たので結局昭和二八年三月末日当時においては控訴人は昭和二六年九月一日以降同二八年二月末日までの右(1) の合計額、金四八一一円二〇銭、(2) の右充当残合計額、金七二〇円(3) の合計額金七二九〇円の各支払義務及び右同年三月分の右(1) 乃至(3) の各債務を負担していたことになり、前記のとおりにその受領を認めた各金一五〇〇円では右全債務を消滅させるに足りないから右同年二月末までの第七の(1) 乃至(3) の延滞債務が消滅しない限り同三月分以降の前示第二の(ロ)の債務の弁済としての効力を生じない。

とのべ、控訴人の再抗弁に対し、

前に認めた毎月金一五〇〇円を含む金二〇〇〇円の交付を前同年三、四、五、六月の各末日に受けたことは認めるが、主張の如き充当の合意及び控訴人が被控訴人前田春子に対し右各交付につき充当の指定をなしたこと及びその他のことは否認する。かえつて右被控訴人が右金二〇〇〇円の提供を受ける際には前記第七の(1) 及び(3) の延滞債務に充当する旨の合意が同被控訴人と控訴人間にあつた位である。

とのべ、仮定的に再々抗弁として

前記のように前同二八年三、四、五月の各月末に控訴人より右金二〇〇〇円の提供を受ける際における右の合意或いは控訴人の充当指定がない場合においても被控訴人においてこれを右第七の(1) 及び(3) の延滞債務に充当する旨控訴人に対し指定をなして受領したから法定充当の余地がない。

とのべ

証拠として乙第一号証の一及び二、同第二乃至第九号証、同第一〇号証の一乃至八、及び同第一一号証を提出し当審における被控訴本人前田春子の尋問結果及び前記控訴代理人援用の各調査嘱託に対する回答結果を援用し、甲第三号証及び同第六号証の登記官吏作成部を除くその余の部分は不知、同号証の右官吏作成部分及びその余の甲号各証はその成立を認める。

とのべた。

理由

第一、原審手続について。

先づ職権を以つて調査するに、原判決言渡期日である昭和三二年六月二四日の調書記載によれば原審裁判官野田四郎は判決原本に基き主文を朗読して判決を言渡した旨の記載があるが、他方原判決原本末尾には作成日付として同年七月三日の記載があり、しかも同原本一枚目表右上部欄外の書記官万玉作成の文書には「昭和三二年六月二四日言渡、同年七月二四日判決原本領収」と記載があるので民訴法一四七条本文との関連において原判決手続の有効性が問題となるので考える。抑々右法条により証拠を法定されるのは訴訟行為の外部的形式たる口頭弁論の「方式」に関してのみであつて即ち判決言渡に関しては民訴法第一八九条のうち原本に基き主文を朗読してなすという一つの訴訟行為の外部的形式たる「方式」の存否に関してのみでそれ以外には例えば言渡された主文の内容とか基いてなされた原本の内容及びその有効性等には本来及ばないものと解すべきところ、本件においては前記調書記載があるから民訴一四七条本文により一応原本に基いて主文を朗読してなす民訴第一八九条の判決言渡の方式は存在するものと認めざるをえないが右証拠法定主義の適用外にある右原本の有効性についてみると、前記その作成日付は原本領収日付との関係からしても裁判官の誤記によるものと認めるべき格別の証拠もないこと、及び言渡日時より書記官原本受領の日時迄が約一ケ月間もあり、それに比し作成日付と右領収日時とは二〇日余しか間隔がないことを総合すれば少くとも言渡に使用された原本なるものは未完成であつた即ち「原本」なる完成文書としては無効なものであつたと解さざるをえない。従つて原判決手続は有効なる原本に基かない、即ち民訴一八九条に違反するものと云わざるをえず右は責問権の放棄により治癒すべきものではないから原判決はこの点で先づ民訴第三八七条により取消を免れない。尚原審において実体審理に入つた後である昭和二九年一月二六日以降は他の裁判官から前記原審裁判官に裁判官の更迭があつたに拘らず爾後判決に至るまで弁論の更新をなさず実体審理が行われたことは原審記録就中更迭後始めて実体審理がなされた同三〇年一月二一日付以降の各口頭弁論調書記載により明らかであるから右裁判官は本訴の基本たる口頭弁論に関与したものといえず右違法も責問権放棄による治癒を許さないものであるからこの点でも原判決は取消を免れないが尚弁論を要する本件控訴事件につき、右両者の原審における手続違背を以つてするも必ずしも未だ差戻す必要を認め難いので進んで本件控訴本案につき判断する。

第二、控訴人の本訴請求の訴訟要件について。

そこで昭和二六年一〇月三一日控訴人と被控訴人等の間に別紙条項よりなる調停が成立し即日主文第一項掲記の調書が作成され、その後同二九年一二月一〇日付更正決定により右別紙条項どおり更正されたこと。右条項第二、第四項が有効に記載趣旨どおり成立したこと。被控訴人等が前同二八年六月三〇日に右条項第四項債務名義に執行文の付与を受けたこと。については当事者間に争がない。

そして右条項第四項は「控訴人が第二項の代金の分割払いを(イ)(ロ)を通じて三回以上怠つたときは第一項の家屋の売買は当然解除となり控訴人は現に占有する第一項家屋二棟を直ちに被控訴人等に対し明渡さねばならぬこと」という趣旨の記載であるところ、かかる趣旨(所謂失権約款)の債務名義による執行に対する約款事由不存在を理由とする異議の訴は請求異議によるべきか本訴の如く執行文付与に対する異議の訴によるべきか以前より争はれ疑義がある上この問題は本訴の適法要件に属するので先づ本案前に判断する。

抑々民事訴訟法第五一八条第二項には「判決ノ執行カ其旨趣ニ従ヒ保証ヲ立ツルコトニ繋ル場合ノ外他ノ条件ニ繋ル場合ニ於テハ債権者カ証明書ヲ以テ其条件ヲ履行シタルコトヲ証明スルトキニ限リ執行力アル正本ヲ付与スルコトヲ得」とあるが第二文の「他ノ条件」とは民法上の条件に限らないことは勿論その内容について具体的特定の事実概念により規定されていないからその内容を一般的私法自治により自由にきめうる執行開始制限事由一般(法律概念)を意味すると解すべく、従つてその内容、構成は各場合により異なり、例えば「雨がふつた場合築堤行事をすべし」というが如く直接立証の対象たりうる自然的事実に関する場合、又は「他に抵当権を設定した場合」又は「他の債務を三回以上怠つた場合(本件の如く)」には「家屋を明渡す」と記載ある場合のように有効な抵当権設定、又は債務不履行というが如き直接立証の対象たりえない法律効果(その要件事実は立証しうる)を以つて右事由となすこともできる。しかし序ながら右制限事由一般といつてもそのすべてを意味するものではなく法律上例えば前同条第二項第一文の「保証」の未提供、同第五二九条の第一項の「確定期限」の未到来とか、確定的解釈上そうだとされる例えば引換給付の未提供、本来的給付と併せて将来の代償請求を予備的になす場合の本来的給付の執行不能の未発生の如く純然たる執行開始要件の問題として執行制限解消の有無を執行機関が判断することになつている制限事由が除かれることは勿論である。しかしてかかる制限事由が付されている場合はこの制限が解消しなければ執行に移りえないところかかる解消は前記制限事由の構成要素とされた自然的事実や観念的実在たる法律効果が積極的又は消極的に発生した場合に法律上必然的に観念的実在として生ずる執行法上の法律関係の新たな変動であるから一個の法律効果と解さざるをえない。

しかして前同第五一八条第二項第三文にも「其条件」とあるがそれが証明行為の直接の対象として規定されているところよりして法律効果ではなく何等かの法律効果の発生の要件事実と解さざるをえないところここで問題となつている法律効果はそれが即時執行開始の要件たる執行文付与の前提問題として規定されているところよりしてそれは前記執行制限解消という法律効果の発生のための要件事実であると解さざるをえない。従つて前記設例の如く単純自然的事実以外にも法律効果の未発生をもつて制限事由とした場合は右自然的事実とこの法律効果発生の要件事実が問題となることとなる。

しかし他面本第二項が実体上の立証責任分配原則や民訴証拠法の総則的原則まで訂正しようとするものでないところよりして右同項第三文が執行文付与の要件として債権者に要求する立証事実は右問題になるとした制限事由解消の要件事実の内債権者が立証責任を負わないもの、(前記設例では抵当権設定契約の無効取消原因とか債務不履行につき債務者の責に帰すべからざる事由等)公知の事実(前記三回連続事実等)審尋手続で債務者が自白したものまでも含まれないことは多言を要しない。従つて右に除いたものを除く事実の立証(証明書による)があれば執行文付与の段階としては一応前記執行制限の解消効果が発生したものとして扱われることとなる。以上のように前記第二文の「条件」と第三文の「条件」とは全く意味を異にし、前者は前記の如き法律概念たる執行開始制限事由一般を、後者は右執行制限解消という法律効果発生の法律要件事実を意味し、従つて右条文の形式は債権者が先給付関係にある場合の先給付の履行証明の場合とか執行制限事由の内容が前記設例の自然的事実の発生とされた場合の如く制限解消の要件事実につき全部債権者が立証責任を負い抗弁の如きが考えられない簡明な場合を予想した不正確な表現と断ぜざるをえない。

次に民訴法第五四六条は「前条ノ規定ハ第五一八条第二項及ヒ第五一九条ノ場合ニ於テ債務者カ執行文付与ノ際証明シタリト認メラレタル事実ノ到来ニシテ此ニ因リ判決ノ執行ヲ為シ得ヘキモノヲ争ヒ」と規定しており前記の如く、前記第五一八条第二項と同じ「条件」の文字を使い乍ら証明対象たる事実を意味するものがあるところよりせば本条による訴は同項第三文の「条件」たる執行開始制限解消の要件事実発生の証明の存否を争う制度の如くみえそう解する見解もある。この見解に立てば先づその争われている事実の立証責任がいづれにあるかが問題となる。然し乍らそうではなく本訴の争の対象は右の如き証明の存否でなく、その証明対象とされる各事実の総体に基き発生したと一応取扱われた法律効果である前記執行制限の「解消」を争うためのものであり従つて債務者は右効果不発生のためのあらゆる主張即ち証明対象たる事実の発生(又は存在)の否認は勿論前記設例の如く右制限事由が法律効果を内容とする場合はその効果の発生障害、消滅等の抗弁も又主張しうるものと解するを相当とする。蓋し文理上も事実の「到来」と、しかもその次に「此ニ因リ判決ノ執行ヲ為シ得ヘキ」と規定しているところよりして執行開始の要件を問題にしており、しかもそれは前記の如く民訴法第五一八条に関しては執行制限の解消でありこれは一個の法律効果であること前述のとおりであり一方本条文において執行法上の地位の承継の争いについては「認メラレタル承継」と規定し承継という法律効果(その原因たる事由又はその要件事実でなく)そのものを争う訴として規定しているから執行制限の解消についても同様に解すべきであり、又かく解さなければ或る事実についての立証責任の分配判断を先づ原告に負担せしめ民訴法第五四六条によるべきか、同第五四五条によるべきか少なからず迷わしめる不都合を生ずるのみならず本訴の争は一に前記事実としての「条件」(第三文のそれ)に限られ、これを争うには右事実の存在を否認して証明に供された証明書の証明力を争いうるだけで、制限解消なる法律効果を争う場合ならば許されるべき前記抗弁事実の主張は許されないことになるべきであり、これだけの事ならば民訴法第五二一第五二二条の手続で十分であり、他により慎重な判決手続である本第五四六条の訴を設ける別段の必要性に乏しいのみならずこれらの抗弁事実の存否はいづれも執行文付与の際における必要的調査事項となされておらず又前同第五四五条の訴においても右がいづれも債務名義の実体的効力変動(遡及的不発生も含む)の原因事実でないから主張しえず、又仮に許すとすると右変動に基く執行力の変動を形成することを目的とする右訴の性質に大いに反することになる、それよりもむしろ前同第五四六条が同第五四五条を全面的に準用している点よりすれば(証明の存否のみが争の対象ならば異議の同時主張とか異議原因主張の失権効というが如き第五四五条第二、第三項の準用すべき必要がない)本訴は債務者をして前記抗弁事実を主張して執行開始制限解消なる法律効果の発生を大いに争わしめようとする趣旨とさえ憶測しうるからである。

そうだとすると執行開始制限事由に関する事実不存在に基いて執行不許を求めるのに民訴法五四五条又は同第五二二条第五四六条によるべきかは右事実についての立証責任の存否如何によるべきではなく専らその事実主張により債務名義の趣旨記載上付された前記の如き同第五一八条第二項第二文の「条件」たる一般的執行制限の解消という法律効果を争うものであるか否かによることとなる。これを本件についてみると調停条項第四項に「三回以上怠つたとき」と記載があるからその趣旨記載において三回以上怠らないことを執行開始制限事由としていること明白であり民訴法第五一八条第二項第二文の場合に該当することは勿論であり、又控訴人が本件債務履行済を主張して執行不許を求めることは要するに執行開始要件である右制限解消なる法律効果の発生を争うものであるから本訴によるべきものであることは当然であつて本訴は適法である。(本訴の如き失権約款の事件につき結論において同旨、東京高等裁判所決定昭和三二・一二・二五、高民集一〇、一一、六四八)

第三、そこで本訴請求の本案について判断する。

(一)  先づ双方の主張する前記制限事由の内容又は法律的構造について、それが停止条件であることは争いがないがその余の点について争があるようであるから考えると、調停条項第四項の「三回以上怠つたとき云々」というのは当事者としては第二の(イ)(ロ)の債務発生を前提としてその単なる三回以上連続して支払がなかつたという単純な消極事実を明渡義務発生の停止条件としたものではなく、むしろ債務不履行(履行遅滞)という一つの民法上承認されている法律効果が三回以上発生することを以つて停止条件としたものと解すべきである。蓋し、右民法上の条件は意思表示上の附款であるからその内容決定については法律上制限されない限り私的自治に支配され従つて所謂条件事実(本件では三回以上連続に発生すること)たる将来発生不確実な対象は自然現象(例えば「雨」がふるとか)に限るべき必然性はなく前記の如く法律上の観念的実在たる法律効果であつてもよいところ、本件においてはむしろ単に「三回怠つた」と記載したことは通常の場合法律的紛議がある場合に一般人が最も素直に想起するように債権法上の履行遅滞を念頭においたものと解すべきであり、これは右三回怠つたことの効果として売買契約が解除されるとし一般に債務不履行の効果として云々される契約解除をも右成就の効果としているところよりせば明らかである。又序ながら前記のように前提要件たる債務存在の外は単純な不払事実のみを条件の構成要件としたとすれば債権者の側からすればかかる消極事実は通常証明が困難であるからいきおい民訴第五二一条の訴によらねばならぬ不便が生じ、債務者側からすれば前記の如く債務不履行なる効果が条件の構成要件とされている場合にはそれが条件を付する契約当事者間の債務についての債務不履行であるところよりしてたとえそれが条件の前提内容とされていてもその要件事実についての立証責任はそれが一般損害賠償や強制履行の要件として考えられる場合と同じようにこの債務不履行が自己の責にきすべからざる事由によること等も主張立証して執行文付与を争うことができるのに、前記単純不払事実が条件内容となつているとこの事由は問題にならないからこれを主張できなくなる不利益が生じ両当事者がいづれも自己に不便を生じるようなことを敢えて契約したものと解釈するのは相当でないからである。

(二)  次に控訴人請求原因中前第二項冒頭に記載した外本件執行文申請は第二の(ロ)債務の内昭和二八年三、四、五月分につき条件成就を主張するものであること。については当事者間に争がなく、被控訴人が本件執行文付与の際に立証すべく、本訴において被控訴人が先づ立証すべき事実は前記の如く執行制限解消の要件事実中立証責任を負う事実だけであるところ本件では要するに第四項の停止条件の成就の要件事実中(1) 第二項債務発生原因事実(2) 右債務の内(ロ)の債務の履行期たる昭和二八年三、四、五月末日到来(3) その連続(けだし、本件の如く条件の構成要件として債務不履行(履行遅滞)なる法律効果が定められた場合のその要件事実についての立証責任分配が前記の如く一般の場合と同様に解すべきとすれば右債務は金銭債務であるから不可抗力の抗弁は許されず債務者の過失は要件とせられない)が問題になるが右(1) については本訴では前記の如く争なく、(2) (3) は顕著な事実だから立証する要がないことになる。そこで右第二の(イ)及び(ロ)の債務の内前同二八年二月分までの分については控訴人に債務不履行がないこと。右二八年三、四、五月各月末に被控訴人前田春子が控訴人より債務の弁済として各金一五〇〇円の提供を受けこれを受領したこと。については当事者間に争がないから進んで被控訴人の抗弁及控訴人の再抗弁につき考うべきところ、これらの抗弁についてはさておき、まず控訴人の充当合意及び仮定的弁済充当指定の主張に関して判断することとする。

(三)  ところで被控訴人等は右に関し前同二八年三、四、五月分の各金一五〇〇円については未払のままになつていた同二六年九月分以降の第七項債務の内地代、税金に充当する旨の合意があつた旨主張してこれを否認するが、一般に債務者が債権者に数ケの同種の債務を負い、その給付の目的たる金銭その他代替物合計数又は額が右債務合計数又は額に満たないものを債務の弁済として提供する場合、先づ充当合意をなす場合は格別、債務者が右合意の申込に応じなかつた場合にも右債務中充当すべきものの指定権が債務者にあることには変りなく、それでも尚右申込に応じないのみならず尚右指定権をも行使しない場合にのみ債権者に指定権が与えられるのであり(民法第四八八条第一、二項)、しかも右指定権は形成権であり(同条第三項)その行使は必ず明示の意思表示を必要とするわけのものでないと解すべきところ、これを本件についてみるに、成立に争ない甲第二号証の一九乃至二一及び被控訴本人前田春子の尋問結果によれば同人は前回三、四、五月各月末に控訴人より受領した金二〇〇〇円についての受領証に以前までは単に「領収」とか「現金」とかのみ記載していたのを「地代税」と故意に記載したことが認められ、右被控訴本人は右尋問において控訴人本人は右記載をすることを了承し、捨鉢的に前記被控訴人等主張どおりの合意の申込に承諾をなした旨のべているが、他方右尋問結果によれば以前に控訴人が被控訴人前田春子に対し只不足する旨を告げられた際又は別の機会に、税金、地代、保険料については毎月持参する金五〇〇円で不十分なれば、はつきりした書類をみせてくれればいつでも不足分は支払う旨のべたことがあつたこと。然し右被控訴人は税金等も年々変ることでもあるので右の各々について一度も領収書をみせて金額を明示することがなかつたこと。が認められ、右に成立に争ない甲第五号証及び控訴本人の尋問結果より認められるところの控訴人が以前より毎月五〇〇円を第七項債務として支払つて来たのは前認定事情により金額が明らかでないためでそれか明らかになればいつでも支払う意思があつたこと。控訴人は既に同二六年一二月五日付で本件家屋売買契約解除を予告されたこともあり第四項の不利益規定(右第二の(ロ)債務を三回以上怠れば本件家屋売買を当然解除したものとして明渡すべき)を熟知していたこと。に加えて以上に認定した両当事者における事情が特に変つたことや控訴人に自己の不利益を招くべき捨鉢にならなければならない程の事情も他に認める証拠がない点を考え併せれば前記被控訴本人の供述は俄かに措信しがたく被控訴人のその点の主張は理由がない。さりとて被控訴人春子において前認定の如き記載をなした領収証を出している点よりすれば控訴人の主張の如き充当の合意があつたものとも認めがたく、従つてこの点の控訴人の主張も理由がない。そこで前記仮定主張(控訴人による充当指定)について考える。前記認定にかかる諸事実に加うるに控訴本人及び前記被控訴本人の各尋問結果(右措信しない部分を除く)によれば控訴人は当初よりずつと毎月末日において金二〇〇〇円を被控訴人春子に提供するに当り金一五〇〇円を第二(ロ)債務に充当して来被控訴人も残金五〇〇円が第七項債務金額(金額を資料により明示しなかつたが)に不足する旨不満をのべていたものの右金一五〇〇円の充当については当然の事として了承して来たこと。本件の昭和二八年三月末においても一応は金一五〇〇円は第二(ロ)の債務の支払として持参した旨及び金五〇〇円で第七項債務に不足ならはつきりした書類をみせてもらえば支払うといつたに拘らず、被控訴人春子において前認定の如き受領証をかいたので書替を要求したところ、右被控訴人がそれなら受取らん持つて帰れというので金を持つて帰つたりなどして若しも第二の(ロ)債務の不払となつては前記不利益条項の事もあり困るので止むなく右記載のままの受領書を持ち帰り、同四、五月各末日にも控訴人は右趣旨で金一五〇〇円及び五〇〇円を提供し領収書についても異議をとなえたが右同様の意思で仕方なく持ち帰つたことが認められ、右認定によれば控訴人は前同三、四、五月各月末に金二〇〇〇円を被控訴人春子に提供するにつき内金一五〇〇円はいづれも第二の(ロ)債務に充当する旨少くとも黙示の指定をなした事実を認めることが出来、このことは右の如き記載の受領証の持ち帰り事実により左右されるものではない。蓋し、前判示のとおり右指定権は単独行為たる一方的意思表示により行使されるものであるから前認定の如く対話者間においてその旨の意思表示がなされれば直ちに右意思表示は発効し、右形成権たる指定権は目的到達により消滅してしまつているから、本来法律要件が発効するまでの間にのみなしうるとされる撤回はこの場合には法律上不可能であり、他には右指定により形成された効果(第二の(ロ)の債務に充当されたこと)を再び無に帰し被控訴人主張の如き充当に変更する趣旨の合意、若くは前記意思表示の一般無効取消問題が考えうるがかかる点につき何等主張なく、又前認定の如き受領証を受取る際における控訴人の態度及び第四項不利益規定存在事実よりしてかかる合意がなされることは通常ありえないところである。

然らばこの点の控訴人の主張は理由があり、結局爾余の双方の主張についてはその性質上判断するまでもないこととなる。

(四)  従つて昭和二八年三、四、五月各月末における金一五〇〇円の各弁済提供はいづれも同月分の第二の(ロ)分割債務につき充当されて即日右債務は消滅し、履行遅滞の生ずる余地がないものというべく、従つて調停条項第四項の家屋明渡義務に付された停止条件も又それが右履行遅滞発生を要件とするものであるから未成就のままであるということになりよつてこの条件未成就を債務名義の記載上即時執行の制限事由となした本件調停調書中第四項家屋明渡の債務名義についても前記昭和二八年三、四、五月分の第二の(ロ)債務に関する停止条件成就を理由とする限り右制限事由の消滅なく、即ち民訴法第五一八条第二項第二文の「条件ハ未到来」即ち執行文付与の実体的要件は不具備(同法第五四六条についてみれば「証明シタリト認メラレタル事実ノ到来」はないことになる)であるから執行文の付与は許されず即ち右理由による本件被控訴人等が昭和二八年六月三〇日大阪簡易裁判所より付与を受けた執行文は違法であり、従つて又これに基く強制執行も又同じく許されないものといわねばらない。結局控訴人の本訴請求は全部理由があるものというべきである。

第四、結論

以上判示の如く、原判決は先づ判決手続についての手続違反の点で違法たるのみならず又本案の面でも第三の(四)の結論と異なる判断に出でた点で不当たるを免れないから、これを取消すこととし、次に控訴人の本訴請求は全部理由があるからこれを認容すべく本件執行文による強制執行は許さないこととし、尚当裁判所がさきになした本訴についての強制執行停止決定は尚その効力を本判決確定まで認可しこれにつき仮執行宣言を付することとし、右につき民事訴訟法第三八七条、第三八六条、民事調停法第一六条、民訴法第五六〇条、第五四八条第一項第二項を、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 安芸保寿 杉本昭一)

調停条項

一、被控訴人等五名はその所有にかかる大阪府中河内郡巽町西足代五四番地の一地上家屋番号第三三四番第九号木造瓦葺平家建居宅一棟建坪七坪七合五勺及び同番地上家屋番号第三三五番第一〇号木造瓦葺二階建居宅一棟建坪八坪七合五勺二階坪七坪二合五勺を本日(昭和二六年一〇月三一日)代金八〇〇〇〇円で控訴人に売渡すこと。

二、控訴人は右代金を左の通り分割していづれも被控訴人方に持参して支払うこと。

(イ) 金五〇〇〇円は 昭和二六年一二月末日金二五〇〇円

(3)  同二七年二月末日右同額

(ロ) 金七五〇〇〇円は同二六年九月末日を初回としイ爾後完済まで毎月末日限り金一五〇〇円づつ

三、〈省略〉

四、控訴人が第二項の代金の分割払いを(イ)(ロ)を通じて三回以上怠つたときは第一項の家屋の売買は当然解除となり控訴人は現に占有する第一項家屋二棟を直ちに被控訴人等に対し明渡さねばならぬこと。

五、〈省略〉

六、〈省略〉

七、第一項家屋の公租公課、火災保険料及びその敷地の賃料は昭和二六年九月一日以降の分は控訴人の負担とすること。

但し、第四項によつて売買が解除となつたときは本項の右定めはその効力を失うものとすること。

八、〈省略〉

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